まいけるの「はひふへほ」



は バレーボール ばれーぼーる

 多趣味の私であるが、「趣味は何?」と聞かれた時、真っ先に出てくるのがバレーボールである。私の青春の全てである。やるのも見るのも大好きである。折角関東に出てきたので、1度バレーボールをナマで見に行ったのだが・・・いや〜、凄いっ!会場の雰囲気がたまらなく良かった。試合中に思わず大声で叫んでいる事に気付かなかった。でも、こりゃ良いストレス解消になるな・・・。
 出会いは小学校4年生の時。バレーボール世界選手権を見るためにテレビに釘付けになっていた。それに影響されて「よし、私もバレーボールを始めるぞ!」と言い出した。運良く私が通っていた小学校ではバレーボール部といえるものが存在していた。が、当時の私はローレル指数が180を越える肥満児であり、周りの人達全員が反対した。「バレーボールを始めたら、そのお菓子を食べられなくなるんだぞ」と言われたので手に持っていたお菓子を窓から投げ捨てた(不法投棄)。「炭酸飲料なんか、もっての他だぞ」と言われたので手に持っていた炭酸飲料を窓から投げ捨てた(これも不法投棄)。「バレーボールを始めたら女遊びができなくなるんだぞ」と言われたので、当時付き合っていた女性を窓から放り投げた(ホントかよ、オイ!)。
 バレーボールの練習は厳しかったが、ただの1度もやめたいと思った事は無かった。それだけバレーボールが好きだったのだ。
 しかし、本人の気持ちとは関係なく、体がいくつかの故障を抱え始めた。まずは右肩。いつも通りにサーブの練習をしている時、第1の悲劇が起きた。サーブを打った瞬間「ブチッ」という音が右肩から聞こえ、同時に激痛が走った。それ以来、得意としていたドライブサーブを打つ事ができなくなった。
 第2の悲劇はバレーボールとは何の関係も無い、何とも情けない形で起きた。靴を履こうとしてしゃがんだ瞬間、腰から「ゴキッ」という効果音が聞こえ、同時に激痛が走った。この腰痛は今でも時々爆発する。
 第1、第2の悲劇を懸命にこらえながらバレーボールを続けてきたが、とどめの1撃が襲いかかってきた。自律神経失調症である。体が思うように動いてくれない。体力を全く維持できない。信じられないぐらいに集中力が持続しない。
 この時、私の青春は終わった。しかし、私は後悔なんかしていない。自分の人生の中で1番輝いていた時期だと思っている。そして私の永遠の憧れである先輩との出会いもあった。その先輩を追いかけて同じ中学・高校に進んだのだが・・・ああ、先輩、貴方は今、何処で、何をしていらっしゃるのですか?・・・と思っていたところ、某SNSにて彼を発見! 彼も私のことを良く覚えてくれていたようで、嬉しかった(^o^)。


ひ 引っ越し ひっこし
 私が実家を出て以降、引っ越しの回数は約20年間で9回を数える。回数はベテランと呼べる領域に入っているかも。
 引っ越しの理由。前半は通う学校が変わったため。中盤は仕事の転勤。後半は結婚のためだったり、家族が増えたため。人生の節目に引っ越し、である。


ふ プロレス ぷろれす
 ハッキリした出会いは覚えていない。が、小学校低学年の頃から見ていた記憶がある。何故かは分からないものの、マミーは私に対してプロレスを見る事を禁じた。が、マミーがいない隙を見計らってプロレスを見ていた。
 当初見ていたのは、俗に言う「老舗団体」のうちの1つ。しかし、内容にはいつも不満があった。組み合ってばかりだったり、簡単な関節技1つだけで何分も試合が膠着していた。更に、生中継のはずなのに、8時47分頃になると決まって「延髄切り」という技が登場し、試合の決着がつく。まるで水戸黄門の印籠と同じである。
 そんな不満が蓄積されていく中、ある日私はもう1つの老舗団体もテレビ中継をしている事に気付いた。試しに見たところ・・・私の求めるプロレスがここにあった。それ以来、私は純粋に全日本プロレスをこよなく愛するようになった。離散集合を繰り返すプロレス団体なんだけど、私は変わらず王道プロレスが大好きである。
 今となってはプロレスと係わることが少なくなったものの、たま〜に会場に観戦しに行くと、自分のプロレス熱が全く衰えていないことを感じる。


へ 編集作業 へんしゅうさぎょう
 多趣味の私なんだけど、現在 もっともハマっている・・・というか生活の1部と化しているのが動画編集作業。
 もともとは結婚式や運動会といった行事に私が動画撮影者として参加し、そこで撮影した動画を編集してDVDを作成する、というのが基本だった。
 だけど子供が生まれて以降は普段から何かと動画撮影し、それを編集してDVDアルバムという形で残すようにしている。ただ、撮影量に対して充分な編集時間を確保できる訳でなく。いつも数週間分の動画データが貯まっている状態になっており。毎日のように悪戦苦闘している(^_-)ゞ。


ほ ボランティア ぼらんてぃあ
 娘と息子が通っているインターナショナルスクールに於いて、私はボランティアスタッフとして名を連ねている。本業の経験を基にIT・広報を担当。また、月に1回程度、現地にて ちびっ子テロリスト達と応戦したり、ランチパーティーを開いたり。また、これとは別にスクール半公認の課外授業も主宰しており。自分が人から必要とされている、自分が人の役に立っていることを肌で感じ取ることができ、それが直接やり甲斐に繋がっている。非常に充実した副業というか・・・気持ちとしては こっちの方が本業かも(∩。∩;)ゞ。



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