まいけるの独り言 (マニアックな独り言)



機動武闘伝Gガンダム

筆者からの紹介

印象に残っている台詞

モビルファイター シャイニングガンダム

モビルファイター ゴッドガンダム

ライバル 東方不敗(マスター・アジア)

主人公 ドモン・カッシュ



筆者からの紹介
 当時の格闘ゲームブームに乗じて作成されたと思われる作品。放送当時の私は「こんなの、ガンダムぢゃない!」ということで一切見ていなかった。が、後に知人から「ガンダムとして見なければ面白い」という話を聞かされ、更に最近ではスカイパーフェクTVで放送されるようになり、実際に見てみたら・・・あ、なるほど、確かに面白かった。



印象に残っている台詞
「俺のこの手が光って唸る! お前を倒せと輝き叫ぶ!」私がこの台詞に初めて出会ったのはGガンダムという番組の中ではなく、スーパーロボット対戦64というゲームの中であった。



モビルファイター シャイニングガンダム
 ドモンの「出ろおおおっ! シャァァァイニングガンダァァァァァム!!」の呼び声と共に指パッチンを合図に登場したシャイニングガンダムは、ある意味衝撃的であった。純然たるスーパーロボットならいざ知らず、仮にも『ガンダム』の名を冠したロボットが呼ばれて飛び出てジャジャジャジャンである。この時点で「アカンわ、これ」となったか「く〜! 超燃えるぜ!!」となったかで、その後のGガンダムに対するノリ具合が決まったとも言えるだろう。

 そして最も衝撃的だったのが、ガンダム同士の1対1のファイトが描かれたことだということは、もはや事さら強調するまでもない。いわゆるリアルロボット系に属する作品の戦闘シーンは、戦争という舞台設定が大半のためか、多数対多数の集団戦という形式で描かれることが多い。そのため、やもすると混戦めいた状況下での描写を余儀なくされ、キャラクタードラマ・ロボットアクションが散漫になる傾向が時として見受けられる。Gガンダムの場合、ガンダムの名を冠していると言えどもその実状はスーパーロボット系に近い位置にあり、劇中の描写からもその点は明白である。1対1のファイトを毎話の軸として1話完結性を高めると共に、物語の根幹要素であるデビルガンダムによって各話に一貫性を持たせた構成は、連続物であるTVシリーズのアニメーションにおいて非常に理想的な手法であったと言える。

 更に特筆すべきは劇中におけるファイトの演出である。Gガンダム放映当時継続中であったサンライズ製作の勇者シリーズや前年まで放映されていたエルドランシリーズのみならず、過去のスーパーロボット(に限らずリアルロボットも含まれる)作品の多くは、多少の差こそあれ剣や銃といった系統のお約束とも言える定番武器を使ったロボットの戦闘シーンを描いてきた。しかしGガンダムにおける戦闘シーンの描写は、MFの四肢を用いた格闘戦が中心である。勿論MFにも剣や銃等の携帯兵器は装備されているが、それらはあくまでも付随的な要素に過ぎない。Gガンダムを揶揄する人の中には「所詮ガンダム通しの殴り合いだ」という意見を持つ者もいる。ある意味それは正解だが、その殴り合いをするロボットを扱った作品は、膨大な数を誇るロボットアニメに比してかなり希少な存在である。ましてそれをリアルロボットの雛形たるガンダムの名を冠した作品でやってしまったのだからエライ事である。だが剣や銃を使った無難な演出やリアルロボット作品に多々見られるコクピット内での罵り合いながらの戦闘シーンに食傷ぎみであった者にとって、Gガンダムが見せたロボット同士の殴り合いはシンプルであるが故に実に新鮮であった。そこには相手を一刀両断にする必殺剣も全てを吹き飛ばす大出力ビーム砲も存在しない。だが地味であるどころか、かつてない程のパワーに満ち溢れたガンダムファイトは、ロボットの素手による肉弾戦が如何に燃えるものであるかを改めて証明してくれたのである(この路線は後の「勇者王ガオガイガー」へと受け継がれる)。

 このようにGガンダムの第1話はあらゆる意味で衝撃を与えてくれたが、この第1話でシャイニングガンダムは主役メカとしては異例とも言える煙幕弾を使用している。やはり卑怯っぽいと思われたのか、以降のファイトで使用されることは無かったのだが。ちなみにこの煙幕弾は御丁寧にも白・青・赤のトリコロールカラーで塗り分けられ、如何にも主役メカっぽいオプション具合が炸裂していたのだった(笑)。逆にオプションとして劇中で何回か登場したのがコアランダーである。コアランダーとは一部のMFに装備されている着脱式可変走行車(?)で、パイロットであるガンダムファイターの脱出装置兼移動手段として使用される。コクピット内部は各国共通レギュレーションになっており、搭乗定員は2名である。またMF本体とは別にエネルギーをプールしているため、MFがエネルギー切れになった場合、プールされたエネルギーを本体に回して一時的に稼働させることが出来る(TV版第24話参照)。シャッフル同盟のMFを始めとしてプラモデル化されたMFには概ね装備されていたものだが、印象に残る程度に劇中に登場したコアランダーはシャイニングガンダムのもの位である。どの道プラモデル化の際のウリ的な要素に過ぎず、劇中での存在意義も希薄であったため、出番があまり無かったのは当然と言えよう。上記データに記載されているバトルポイントもプラモデル化の際の付随的要素に過ぎず、劇中での明確な意義も無かった点ではコアランダーと同じであると言える。ちなみにバトルポイントとはMFのスペックを6項目の評価基準で示したものであるが、初期設定ではレギュレーションにより総計120ポイント以下に収めることが義務付けられていた。しかし後発のマスターガンダムやガンダムシュピーゲル等はあっさりと120ポイント以上のスペックを誇っていたので、どうやらこの設定は黙殺されてしまったようである。

 シャイニングガンダムがドモンの合図で出現することは前述した通りだが、本当にいつでもどこでもどんな状況でも登場してくるため放映当時、ドモンとレインがファイト前にあらかじめ仕込んでおくのではないか、とまことしやかにファンの間でささやかれたものである。実際、地中・水中・空中はおろか、果ては自由の女神像(TV版第2話参照)からでも問答無用に登場してくるので、相当に高性能な追尾機能が装備されているものと思われる。

 ドモンの愛機として幾多のファイトを繰り広げてきたシャイニングガンダムだが、レインファンにとってはTV版第13・21話において、レイン自らがシャイニングガンダムに乗り込んで戦ったエピソードが印象深いことだろう。どうしてもレインのファイティングスーツ装着シーンにばかり目が向けられがちだが、なよなよっとしたシャイニングガンダムの姿は苦笑ものである。操縦者の特性が如実に反映されるMFらしい演出だと言えよう。

 物語前半のサバイバルイレブンを闘い抜いてきたシャイニングガンダムであったが、ロボットアニメ恒例の命行事(!?)である主役メカ交代劇により、遂にその使命を終える時がやって来る。放映開始以来あらゆる意味で衝撃的であったGガンは、この主役メカ交代劇においても印象深い演出を3つ見せてくれた。

 まず1つ目が”前半の主役メカであるシャイニングガンダムに、有終の美を飾る舞台を用意した”とうことである。具体的にこれは第23話での対デビルガンダム戦を指す。リアル・スーパーに関わらず、ロボットアニメの主役メカが交代(もしくはパワーアップ)する場合、旧主役メカが性能的に劣ってきたため交代、あるいは強力な敵ロボットに破壊されたため交代、というパターンが大多数を占める。シャイニングガンダムもこのパターンに当てはまるのだが、特筆すべきは破壊される前に(一時的とは言え)デビルガンダムとの決着をつけたということである。これは旧主役メカとしてシャイニングガンダムが、Gガンダムの物語の中で起承転結を全うしたことを意味する。一見物語の流れの中で必然と見られがちなこの展開だが、一般的なロボットアニメではなかなかこうはいかない。通常ならばデビルガンダムに完膚無きまでに叩きのめされて新主役メカ、ゴッドガンダムに交代という無難な線に落ち着いてしまいがちだが、敢えてそこから脱却せしめた今川泰宏総監督以下、制作スタッフの手腕は賞賛に値する。

 2つ目に評価すべき演出は、”シャイニングガンダムの戦闘データをゴッドガンダムに移植した”ということである。一般的なロボットアニメにおいて、旧主役メカと新主役メカとが直接的な接点を有していない場合が時として見受けられる。これを抽象的な表現で例えるならば、旧主役メカの魂が新主役メカに受け継がれていない、ということを意味する。華々しく登場した新主役メカの陰で、表舞台から退いていく旧主役メカに哀愁を感じる者にとって、第24話で描かれた戦闘データの移植シーンは何らかの感慨を与えたに違いない。そう、シャイニングガンダムの魂はゴッドガンダムの中で生き続けるのである。この辺りは第25話でのドモンの「俺とお前(シャイニングガンダム)とゴッドガンダムは正に三位一体!」というセリフからも感じ取れることだろう。これは同時に制作スタッフのシャイニングガンダムに対する愛着を表したセリフでもあるのだ。

 そして3つ目に評価すべき演出は、”2代目OPにおいてシャイニングガンダムを登場させた”ということだろう。リアルロボット系アニメのように、新主役メカ登場後も引き続いて旧主役メカが劇中に登場するなら、2代目OPにおいてもそのまま登場し続けることは別段おかしいことではない。しかしシャイニングガンダムの場合、第24話でマスターガンダムに破壊されて以降、劇中での登場シーンは一切存在しない。後半に登場しないMFを何故2代目OPに登場させたのか? その答えは以下の今川監督自らの御言葉から伺い知れることだろう。「あのとき(第24話)一番やりたかったのは、ドモンが去って行った後にシャイニングガンダムが腹にマスターガンダムの腕を突き刺したままドモンを見送っている、ああいう絵が欲しいってことだったんです。やっぱりメカを物として扱って、一躍ヒットしたのがガンダムって作品ですよね。そこがファーストガンダムの新しいところだったんでしょ。でも、それを追い続けるからだめなんだなって思っちゃったんですよ。あのドモンを見送るシャイニングガンダムはキャラクターなんだと、あれが生きているように見えて欲しいなって思ったし、メカに対する愛着みたいなもの、そういう絵がほしいな、と。馬鹿馬鹿しい話かもしれないけど、やっぱり自分達が半年間描いてきて、闘わせてきたメカっていうものには、例えアニメでも愛着も移ります。だから2代目オープニングにシャイニングガンダムが登場する訳なんです。」ダイナミックな演出で定評のあるGガンだが、このような細やかな配慮が随所に織り込まれているからこそ、只の大味なアニメに陥らずに済んでいるのである。2代目OP中で、夕日暮れなずむギアナ高地で腹にマスターガンダムの腕を突き刺したままたたずむシャイニングガンダム(おそらく作画は佐野浩敏氏)とそんな愛機の姿を見つめるドモンの後ろ姿は、たまらなく絵になる光景である。このシーンに熱い魂の涙を流したGガンファンも多いことだろう。正に燃えるツボを心得た今川節が炸裂した名シーンであると言える。

 シャイニングガンダムは主役メカということもあって、Gガンのメインメカニカルデザイナーの大河原邦男氏により、幾つもの準備稿を経てデザインされた。ちなみにこの準備稿デザインの1パターンが、TV版第48話の回想シーンにウルベ用のガンダムとして登場している。やはり従来からの宇宙世紀ガンダムから脱却するのはかなり困難であったようである。日本らしさを醸し出すために随所にそれらしい意匠が施されている。デザイン的に他国の個性豊かなMFと比較するとかなりオーソドックスではあるが、後発のゴッドガンダムより格闘メカらしさを感じさせるものがある。

 Gガンという作品の性質上、マーチャンダイジング(商品展開)の側面も見逃せない。Gガンはガンダム生誕15周年記念作品ということもあって、様々な商品が発売された。特にシャイニングガンダムは食玩からガレージキットまで商品数が多い。その中でも注目アイテムは、1/60スケールのプラモデルだろう。平成ガンダム4作品の旧主役メカの中で、唯一ビッグスケールで商品化されたアイテムとしてチェックしておきたい。



モビルファイター ゴッドガンダム
 第13回ガンダムファイト決勝大会用に極秘に開発されたネオジャパンの最新鋭モビルファイタ─。サバイバルイレブンを闘い抜き、ギアナ高地でのデビルガンダム・マスターガンダムとの戦闘で大破したシャイニングガンダムの全戦闘データを受け継いで誕生した”新たなる輝き”を秘めたガンダムである。稀にみる劇的な主役メカ交代劇を経て、TV版第24話「新たなる輝き! ゴッドガンダム誕生」よりドモンの新たなる愛機として登場する。データを移植し終えて力尽きたシャイニングガンダムを抱き上げて、すっくと立ったその初登場はLDジャケットにもなった程の名場面である。ドモン曰く、「ゴッドガンダムよ、おまえはシャイニングガンダムの分身だ。」 恒例行事としての無味乾燥した主役メカ交代劇に一抹の寂しさを感じる人にとっては、第24・25話でドモンがシャイニング・ゴッドガンダムに対して語ったセリフの端々に熱い想いを感じ取ったことだろう。

 ゴッドガンダムはノーマルモードの時点で、既にシャイニングガンダムを上回るスペックを実現している。またシャイニングガンダム同様のパワーアップモードとして、胸部エネルギーマルチプライヤー・6枚の背部フィールド発生装置兼姿勢制御及び放熱ウイング・両腕部のGナックルを展開した”ハイパーモード”が存在する。ハイパーモード時にはフィールド発生装置に日輪の如く光輝くエネルギーの輪が形成され、磁気フィールドで全身をマグネットコーティング化することで機動力を大幅に上昇させる。更にカーフカバーを解放して、脹ら脛部分に内蔵されたレッグスラスターを展開することにより大推力を得ることが可能である。胸部に装備されたエネルギーマルチプライヤーは、シャイニングガンダムに搭載されていたネオジャパン独自の感情エネルギーシステムを改良・発展したものであり、搭乗者の”気”をエネルギー化することができる。これは搭乗者が精神的に成長していけば機体出力も増加していくというもので、まさしくゴッドガンダムは成長する機体なのである。その闘神の如き戦闘力は明鏡止水の境地に目覚めたドモンの力と相まって、他国のガンダムを寄せ付けない圧倒的な強さを発揮する。そして当機は開会式でのドモンの全勝宣言通りに決勝リーグ戦を全勝し、本決勝バトルロイヤルでの対マスターガンダム戦に勝利、見事優勝を納め、最強のガンダムである証”ガンダム・ザ・ガンダム”の栄誉をつかむ。更にネオジャパンコロニーにおいて最終形態に進化したデビルガンダムを葬り去り、ドモンの宿命に希望の未来という名の終止符を打った。

 ゴッドガンダムはデザイン的に先代機シャイニングガンダムを踏襲しつつも、より洗練されたラインを形成している。Gガンダム総監督、今川泰宏氏によると、デザインコンセプトは昆虫や甲殻類等の外骨格・甲冑をイメージしたそうである。武者風のモチーフでまとめられていたシャイニングガンダムとはうって変わって、ナショナリズムの希薄した純然たるヒーロー然としたデザインに仕上がっている。モビルファイタ─は概ね自国のお国柄を象徴するようなデザインが為されているが、ゴッドガンダムに関しては日本らしさと呼べる要素がほとんどと言っていい程感じられない。これはシャイニングガンダムにある程度日本らしさを反映させたので、ゴッドガンダムに対して同一コンセプトを盛り込むことを避ける配慮があったことと、最終的なデビルガンダムとの決戦を考慮して、日本らしさよりもむしろ世界の存亡をかけて悪魔に立ち向かう”神”としてのイメージをより強く投影させることが目的で、敢えて日本的な要素を排除したのではないかと思われる。しかし実際のところ個性豊かでインパクト十分な他国のガンダムと比べると、ゴッドガンダムはデザイン的におとなしめでオーソドックスである(無論プラモデル化を前提とした主役メカなので、セーラー服や釣り鐘(笑)を模したデザインなんて採用される訳がないのだが)。更にハイパーモードへの変形機構は、シャイニングガンダムのノーマル・バトル・スーパーモードの3段変形、とりわけスーパーモードで”パワー全開”を最も端的に表現していた”トサカ展開””フェイスマスクオープン”の両機構によるインパクトと比較すると地味な印象すらあり、今一つパンチに欠けるきらいがある。しかしエネルギーマルチプライヤー上にキング・オブ・ハートの紋章を輝かせたり、機体色を金色にする等の派手な演出効果により、作品内での存在感はシャイニングガンダムに対して決して遜色はない。多少個性に欠けるデザインであっても、制作者側の演出次第で作品内でのスタンスを確立できることを証明した好例と言えるだろう。

 「機動武闘伝Gガンダム」という作品タイトルが示す通り、Gガンダムとは即ちゴッドガンダムのことである(ただし”G”には”ゴッド”の他にも幾つか別の意味がある)。作品内でも第23話においてたった一度だけミカムラ博士によって”Gガンダム”と呼ばれたことがあるので、開発過程におけるコードネームだったのかもしれない。デビルガンダムが最終的な敵として当初から位置付けられていたので、G=ゴッドと予想していた人も結構いるだろう。設定上ゴッドガンダムは決勝大会用の機体ということになっているが、実際のところは自己進化を続けるデビルガンダムに対抗すべく、シャイニングガンダムを越えるポテンシャルを目標として開発された側面も合わせ持つと推測される。先述したようにプラモデル化を前提としているためコアランダ─も装備されてはいるが、決勝大会の最中はネオホンコンの外に出ることは無かったので登場回数は少ない。他国のコアランダ─と異なりゴッドガンダムのそれは、姿勢制御及び放熱ウイングがそのまま翼の役割を果たしているので、短時間ながら滑空飛行が可能となっている。このウイングはモビルファイタ─時には6枚のフィールド発生装置も兼ねるわけだが、これらには一枚一枚に名前がついている。右側上から順に”夢””泡””露”、左側上から順に”幻””影””電”である。”夢幻泡影”とは人生のはかないことを意味する言葉だが、何を思ってこんな名前をつけたのかは定かではない。シャイニングガンダムと同様ゴッドガンダムもドモンの呼び声と指パッチンでいつでもどこでも現れる。普段はネオジャパンの倉庫内で整備されているが、ドモンが呼ぶ時は何故かいつも海中から出現する。Gガンという作品がガンダム生誕15周年記念作品であったため意識してかしないでか、ゴッドガンダムはマグネットコーティング・隠しガトリングガン・完全飛行能力・分身・波動砲もどき等々、歴代ガンダムの特長をさりげなく兼ね備えていたりする。


ライバル 東方不敗(マスター・アジア)
 良い意味でのハチャメチャぶりはメカにのみとどまらず、人物にも共通している。その衝撃度という意味に置いて他を圧倒しているのは彼であろう。

 彼は流派東方不敗の開祖にして、史上最強の武闘家。先代のキング・オブ・ハートにして、シャッフル同盟の頭目的な存在でもあった。性格は勇猛にして豪胆。自分にも他人にも厳しい信念の人である。地球の美しい自然をこよなく愛し、詩歌と四川料理を趣味とする一面も持つ。またネオジャパンのガンダムファイター、ドモン=カッシュの師匠として、彼を10年間に渡って鍛え上げ自らの称号を継承した。

 第12回ガンダムファイトにネオホンコン代表のガンダムファイターとして出場し、圧倒的な戦い振りで優勝を納める。この第12回大会に参加したことがきっかけで、ガンダムファイトの弊害─自然破壊─を己自身の手で演じていたことに絶望し、地球環境の再生に心血を注ぎ込むことを決意する。環境再生の手段として目を付けたのがデビルガンダムであった訳だが、マスターが如何にしてデビルガンダムと接触を図ったかについての経緯は、TV版では一切触れられていない。おそらく、ドモンを弟子にしたことでカッシュ博士とも交流を持つに至り、デビルガンダムの存在を知り及んだのだろう。マスター程の強靭な精神の持ち主であったからこそ、DG細胞を管制下におくことが出来た訳である。

 そしてネオジャパンでデビルガンダム事件が発生したのと時を同じくして、マスターはドモンに称号を継承し消息を絶つ。事件そのものにマスターが関与していた訳ではないが、皮肉なことに事件の発生は彼にとって好都合であったに違いない。しかし環境再生を実現するために、人類抹殺という最も短絡的な手段を選んでしまったのが、不幸の始まりであったと言えるだろう。彼自身、病魔に犯されており、先が長くないことを知った上での決意であったが故に、結果を焦り過ぎたのかもしれない。

 悲愴なまでの決意を胸に秘め、マスターは愛機クーロンガンダム(後にマスターガンダムに乗り換える)を駆って、第13回大会に出場する。TVにおける初登場は、今や伝説の域に達した第12話「その名は東方不敗! マスター・アジア見参」。素手でデスアーミーをなぎ倒す凄まじい姿に、視聴者の誰もが度肝を抜いたことだろう。更にドモンを交えての流派東方不敗の演舞、そして超級覇王電影弾に至る異様なまでのテンションの高さは、もはや只事ではない。世にアニメ作品数あれど、ここまで超弩級のインパクトを誇るシーンはそうお目にかかれるものではない。この第12話をターニングポイントとして、『Gガンダム』という作品そのものがヒートアップしたことを顧みても、東方不敗の登場が本作品にもたらした影響は計り知れないと言えるだろう。

 この後、物語はドモンvs東方不敗というシンプルにして熱い展開へと移行し、新宿シティからギアナ高地へと決戦の地を移して、師弟対決は激化の一途を辿る。怒りの感情に支配され、まるでなっちゃいないバカ弟子を終始圧倒するマスターだったが、シュバルツの教えを受け明鏡止水を会得したドモンにまさかの敗退。「だからお前はアホなのだぁっ!」と叫びつつ反撃に転じるも、新型機ゴッドガンダムに乗り換えたドモンの前にまたもや破れ去る。この痛恨の敗北はさすがに予想外だったと思われるが、袂を分かったとは云えかつての愛弟子の予想以上の成長には、何かしら感じるところがあったに違いない。後の決勝大会で、ドモンをデビルガンダムの新たな生体ユニットにすべくマスターは画策する訳だが、そう思い立ったのもドモンの成長振りが著しく、彼の目にかなうレベルに達したからなのかもしれない。

 物語がネオホンコンの決勝リーグ戦に突入してからは、マスターはシード選手扱いであったため実際にファイトすることはなく、ウォン首相とペアで登場することが多くなる。新宿やギアナ高地での破天荒なまでの暴れっぷりを期待するファンにとっては、寂しいエピソードがしばらく続くこととなった。しかしそこは我らが師匠、ファイトを野望達成の手段としてしか捉えていない政治屋ウォンとは一味も二味も違う、渋く含蓄のあるファイト評を披露して名解説者としての実力を発揮する。流石ストーカーと同じ声だけあって、解説の巧みさは伊達ではないと言えよう(笑)。なお決勝開会式において、今大会に優勝した暁には「東西南北中央不敗・スーパーアジア」に改名すると宣言して、ドモン達(と視聴者)を混乱の渦に叩き込んだ。この辺りの意味不明ぶりも実に師匠らしくて、苦笑するやら微笑ましいやらと言ったところであろうか。

 そして生体ユニットをめぐるウォン首相との軋轢が表層化する中、ランタオ島での本決勝バトルロイヤルの幕が切って落とされた。それに伴い運命の第45話「さらば師匠! マスター・アジア暁に死す」において、熾烈を極めた師弟対決も遂に終焉を迎える(実はマスターにとって劇中での「正式」なガンダムファイトは、回想シーンを除くとこの決勝最終戦だけということになる)。激闘の末、マスターは自らの真意をドモンに吐露するが、「(地球と)共に生き続ける人類を抹殺しての理想郷など、愚の骨頂!」と、その理想を看破され己の過ちを悟る。最後は雄々しく成長した愛弟子の姿に満足げな笑みを浮かべつつ、ドモンに討たれることで自ら終止符を打ったのだった。

 暁の光射す浜辺でドモンに抱き抱えられるマスター。もはや2人の間にはいささかのわだかまりもない。涙にむせぶ師弟は流派東方不敗の詞を叫び合う。そして愛弟子の腕の中でマスターアジアは息を引き取るのだった。リキの入った作画&CV陣、泣けるBGM、そしてラストで画面にオーバーラップする漢詩、全てが見事に融合した珠玉の名シーンにファンはただただ号泣。このラストシーンにおける忌わの際の師匠の姿は、年月を経た今なお語り草である。感極まった今川泰宏総監督が思わず第45話の絵コンテに「機動武闘伝Gガンダム完」と書いてしまった(しかも筆文字でバーンと)という逸話はファンの間では有名だが、それ程までに本話がシリーズをぶった斬るエピソードであったのは間違いないだろう。余談ながら、その凄絶なまでの師匠の死に様に、アニメージュ誌では「東方不敗追悼特集」なるものを巻頭特集に据えた程である。

 その言動からして『Gガンダム』という作品を最も体現していたキャラクターであり、オヤジ大好きの今川監督の常軌を逸した超演出のおかげで、ガンダム史上、いやアニメ史上決して忘れられないキャラになったことに異論はないだろう。「Gガンダムの真の主役は東方不敗だ」と言う人もいるくらいに本作品を象徴しており、ある意味ドモンの対極に位置する存在として物語を大いに盛り上げてくれた立役者である。

 マスターの過去はその一切が謎に包まれており、劇中において描かれることはなかったが、コミックボンボン別冊『ガンダムファイト7th』において幾分明らかにされている。またB-CLUB誌上でのインタビュー(今川監督執筆)で、出身はネオホンコンのネオ大阪と答えて物議を醸した(笑)。ちなみにマスターは劇中では一度もファイティングスーツを装着することはなかったが、マンガ版では胴着と同デザインのスーツをしっかり装着している。

 なお東方不敗の名の由来は、香港映画『東方不敗(邦題:スォーズマン 女神伝説の章)』に登場する敵役(男を捨てることにより超絶のパワーを得た美貌の魔人というキャラ←散さまみたい)からであり、今川監督はこの映画の劇場公開時にパンフレットに一筆寄せている(というかアニメの東方不敗のお陰でこの映画が公開されたようなものだが)。ちなみにこの映画の続編のタイトルは『風雲再起』である。他にもマスターの布を使った独特の殺陣や意味不明なポーズの数々にも、監督が愛して止まない香港映画の影響が色濃く反映されている。 また小説版では、デビルガンダムによる地球再生と流派東方不敗の不殺の教えとの間で板挟みになり、遂にはアレになってしまうという大変な設定だったが、しかそれだけに一層その信念と生き様は胸に迫るものがあった。ファンは必読。
「流派! 東方不敗は! 王者の風よ! 全新系烈! 天破侠乱! 見よ! 東方は赤く燃えている!!」


主人公 ドモン・カッシュ
 「機動武闘伝Gガンダム」の主人公。コロニー格闘技の覇者にして、最強の証「キング・オブ・ハート」の称号をもつ、愛と怒りと悲しみのガンダムファイタ─である。9歳の時、ある事件がきっかけで東方不敗マスターアジアに師事し、以後10年間彼の元で修行を積み、称号を継承される。その直後、マスターアジアは突如としてドモンの前から姿を消し、時を同じくしてネオジャパンでデビルガンダム事件が発生する。この事件こそがドモンの運命を大きく変える引き金になるのであった。

 ネオジャパンに呼び戻されたドモンは、兄キョウジがアルティメット(デビル)ガンダムを強奪したこと、そのために母ミキノは死亡、父ライゾウは永久冷凍刑に処せられたことを聞かされる。久方振りに帰郷してみれば、懐かしの我が家がとんでもないことになっていた訳で、歴代ガンダム主人公の中でもその運命の流転振りはトップクラスであろう。

 事件後、ドモンは父の釈放と引き替えにガンダムファイトでの優勝、そして地球に逃亡したデビルガンダムの捕獲もしくは破壊を命じられる。そして第13回大会にネオジャパン代表のガンダムファイタ─として、シャイニングガンダムを駆り出場することとなる。

 性格は粗暴で猪突猛進型ではあるが、仁義を重んじ正義感は人一倍強い。無愛想で他人と接するのはうまくないものの、子供には優しい一面を垣間見せることもある。決してすさんでいる訳ではなく根は心優しいのだが、デビルガンダム事件によって精神的に深い傷を受け、心がささくれ立っていると行った感じだろう。しかしそんなドモンもガンダムファイトを通して多くの武闘家達と拳を交えることで、心身共に成長していく。

 番組当初(1クール目)におけるドモンはキョウジを捜すことしか眼中になく、まだまだ未熟者といった印象が強い。パートナーのレインの心配をよそに単独行動をとることが多く、行く先々で騒動を起こしてはレインに絶交されそうになっていた。後に共闘することになる、新生シャッフル同盟の仲間達とのファイトを交えつつ、デビルガンダム追跡行は続く。

 そんなドモンの本格的な成長は2クール目から始まる。師匠マスターアジアとの再会、第2の師匠とも言えるシュバルツ・ブルーダ─(意味は独逸語で『黒い兄弟』の登場により、ドモンの成長は物語の展開と共に加速していく。1クール目ではクールかつニヒルな側面が強調されていたドモンだが、新宿シティにおける師匠との再会、そして訣別では泣き崩れる姿をさらけ出し、それまでのイメージを一転させる。その後鬼コーチ、シュバルツから「錆びた刀で木を斬れ」だの「明鏡止水の境地を会得しろ」だの無理難題をふっかけられ、悩みながらもギアナ高地で修行に励む。その甲斐あって見事明鏡止水を開眼、シャイニングガンダムの真のスーパーモードを発動させることに成功し、一時的とは云えデビルガンダムを撃退する。

 新たなる愛機ゴッドガンダムに乗り換え、舞台をネオホンコンへと移し、物語は3クール目の決勝リーグ戦に突入する。開会式で大胆にも全勝宣言をしてしまう辺り、相変わらず後先を考えない猪突猛進振りが伺えるものの、結果として宣言通り全勝を果たしたのだから、その実力は紛れもなく本物。厳しい修行を克服したおかげか、1クール目と比較すると人間的にも幾分成長している。徐々にではあるが、確実に「キング・オブ・ハート」の称号に相応しい度量を見せ始め、シャッフル同盟を取りまとめるリーダーとしての風格が備わりつつあると言える。しかしレイン、アレンビーを交えた三角関係の話となると、まだまだ未熟さを感じさせる部分も多い。そこがまたドモンらしいと言えばドモンらしいかも。

 そして物語は最終4クール目へ。デビルガンダムにまつわる陰謀の全容が白日の元にさらされると共にシュバルツ、キョウジが、そしてガンダムファイトの決着と共にマスターアジアが、ドモン自身の手でその命を散らす。これら一連のエピソードでは、ドモンはもう泣きっぱなし。それに伴い物語のテンションも上がりっぱなし。TVの前で熱い血潮が胸に込み上げてきた人も多いことだろう。こうしてガンダムファイトの優勝を掴んだドモンだったが、あろうことかレインを生体ユニットに取り込み、デビルガンダムが復活を果たしてしまう。2人の気持ちのすれ違いがこのような事態を招く一因となった訳だが、シャッフルの仲間やアレンビーに励まされたドモンは、遂に1人の男として奮起する。一世一代の愛の大告白によってレインは解き放たれ、2人の石破ラブラブ天驚拳によりデビルガンダムは完全消滅。ロボットアニメ史上、稀に見る大団円をもってGガンダムはフィナーレを迎え、ここにガンダムファイトの新たな門出が幕を開けるのだった。

 なお小説版の設定はTV版と異なる部分が多い。ドモンも凄腕の武闘家ではあるが、キング・オブ・ハートでもなければ、生身でMSを倒せるような超人でもない。性格的にもニヒルな側面が強調され、原作の様に泣き崩れたり、衆人環視の中で愛を告白したりもしない。TV版と全く趣きの異なる小説版の評価は、今だにファンの間でも真っ二つに分かれるところである。

 Gガンダムという作品はその存在が公表されるや否や、ファンの間で激しい賛否の声(「超」否定的意見が体勢を占めていた)が絶えなかった。その世界設定、キャラ・メカデザイン全てが、旧来のガンダムシリーズとは一線を画していたからである。キャラクターデザインとしては、まず漫画的なテイストがふんだんに盛り込まれていることが分かる。そして何と言っても注目すべきは、キャラクターの年齢設定である。Gガンダム放映当時(1990年代初頭)、TVアニメのキャラクターは低年齢化の一途を辿っており、その例に漏れず前作『Vガンダム』の主人公ウッソ・エヴィンは、歴代ガンダム主人公の中でも最年少の13歳であった。そのような風潮に逆行するかの如く、Gガンダムの主要キャラはドモンを始めとして、その大半が「20歳」である。そもそもTVアニメにおける主要キャラは、概ねティーンエージャーで占められているのが普通で、Gガンダムの様に年齢的に「大人」のキャラクターが主要を占める作品は、現在に至るまで事の他少数なのが実状である。この時点で既に、Gガンダムの異色性とも云うべき特徴が見え隠れしていると言えよう。

 さて、Gガンダムに登場するキャラの名前は、ほぼ全て今川泰宏総監督が名付けたものであるが、「ドモン・カッシュ」は数少ない例外。今川監督が参加する以前、Gガンダムの企画当初から既にこの名前が決まっており、名前の響きがあまりにキャラクターのイメージと一致していたため、監督も敢えて変更しなかったそうである。その代わりにドモンの誕生日(7/24)と血液型(O型)は、監督自身のものと同一に設定されている。

 男女双方に人気が出るキャラを作り出すのは非常に難しいものだが、ドモンの場合この問題を見事にクリアしたと言える。男性ファンにはファイタ─としての格好良さや、必殺技に代表されるキメゼリフ等の熱血的な側面が大受けし、女性ファンにはニヒルな割りにボロボロと泣き崩れる一面や、斜に構えているクセに女性の扱いが不馴れな不器用さが母性本能を大いにくすぐったと言えるだろう。また脇役に人気が集中することの多かった当時のアニメにおいて、ドモンは主役としては異例とも言える人気で、しかも男女のファン層がほぼ半々という性別の偏りのなさでも際立った存在だった。

 Gガンダムを論評する際に、しばしば「真の主役は東方不敗である」と評されることがある。確かに東方不敗の物語における貢献度は計り知れず、彼抜きでGガンダムを語ることは正に愚の骨頂と言える。しかし本作品のメインテーマ「愛」を考えると、主役は他の誰でもなくドモン唯一人に行き着く。Gガンダムは家族愛、友情愛、兄弟愛、師弟愛、恋愛、様々な形の愛を基に成立している。そしてこれら全ての愛の中心に位置しているのはドモンだけである。そう、ドモンこそがGガンのテーマを体現し得る唯一無二の存在、紛れもない主役なのだ。余談ながら、作品内でドモンは男女キャラを問わずモテモテ(笑)だったため、ヒーローというよりはむしろヒロインだ、などと皮肉る人も当時いた程である。

 愛すべき主人公ドモン・カッシュ。彼が彼たり得たのは、監督以下スタッフのキャラクター設計・演出が秀逸だったからに他ならないが、もう一つ重要なファクターとしてドモンを演じた関智一氏の演技力を欠かすことはできない。氏にとってドモンはTVシリーズの初主役であった訳だが、ドモンの武骨さと繊細さを見事に演じ切った氏の演技センスにはただ脱帽するしかない。数々のキメゼリフ、拳と拳でしか語り合えない不器用さ、一人の男としての強さと脆さ、ドモンに命を吹き込むことが出来る役者は関智一氏を於いて他に有り得ない。
「ガンダムファイトォォォッ!! レディィィ! ゴォォォォォッ!!!」


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