まいけるのズボラ日記




2009年9月


9月1日(火)
完璧に覗き見しているな
 2日間 会社を休んだということで、社内用eメイルがゴッソリ来ているだろうからイヤだなぁ〜、と思いつつの出社だったが、思っていたほど社内用eメイルは来ておらず。ホッとしたと言うよりは拍子抜けだった。話を聞いたところ、うちの会社では昨日、昼休みが終わった時点で全社員に対して帰宅命令が出るという、前代未聞の事態になったんだとかで。昨日の台風、よっぽど凄かったことに今頃気付いた私。
 今日、取引先にて打合せが行われたのだが、それが終わった後、相手が「まいけるさんって お婆さんが外国人でしたっけ?」との問い合わせ。まぁ〜、確かに母方の祖母は欧州人なのだが、その回答で終わると私が まるでクォーター(1/4の混血)だと思われてしまう。という訳で「母が欧州人です」と回答。そしたら直後に取引先相手が物凄い失言。「まいけるさんの家族情報を見たら、それらしい外国人の名前が無い、っていう話を聞いて・・・」だってさ。職員による個人情報の覗き見が これだけ大問題になっている昨今、うちのグループ会社でも その問題行為が堂々と行われていることが判明した瞬間だった。


9月2日(水)
構想9か月
 山形で撮影した動画の編集作業および心友から受け取った動画の代理編集作業。主立った部分と言うか、通常のビデオアルバム部分は昨日の時点で終了。相方のノートパソコンの性能に助けられ、通常の3倍ぐらいの速度で作業ができる。だから相方のノートパソコン、色が赤いのかな(^-^;)。
 残るはDVD写真館(スライドショー)とオープニングとエンディング。そのうちのオープニングは構想9か月。長い間 頭の中で繰り返し構想してきた内容を形にする作業って普段の編集とは また違う心境になる。出来上がった内容を観て すっかり自己満足の世界に浸っている私であった。


9月3日(木)
不愉快
 会社で とある件について私が大衆の面前で名指しで批判された。単なる上層部の見落とし・勘違いだったため 私には難の落ち度も無く、言ってみれば冤罪を ふっかけられたことになる。その後、直属上司が見落とし・勘違いに気付いてくれ、慌てて私に謝罪してくれた。が、上層部からの正式な謝罪は一切無し。批判は大々的に行い、謝罪会見(?)は直属上司だけが個人的にコッソリ。という訳で世間的には私、未だに大きな事を やらかしてしまった、という目で見られている。非っ常ぉ〜に不愉快である。


9月4日(金)
新しい旅券
 先日手続きをした旅券を受け取ったのだが、やっぱり写真映りが悪い(-_-#)。2006年からICチップ内蔵になったということで、その分 旅券の厚みが増していたり、手にした時の全体的な感触が違っていた。欧州里帰りまで残り2週間。物凄く緊張してきた(^-^;)。


9月5日(土)
客人
 高校時代の同級生および その奥方が うちに遊びに来た。この夫妻とは しょっちゅうやりとりしているものの、実際に会うのは1年ぶり近い。遅くなったものの誕生日祝いとしてミッキー&ミニーのマグカップをもらった。・・・随分と変わったデザインだことで(^-^;)。この夫妻と一緒にいると いつも「し」で始まって「も」で終わる2文字のネタばかり出てくるのだが、今回も 御多分に漏れず。相方共々4人、楽しくてアッという間の時間を共有した。
 今回の もう1つの用事というのが同級生奥方から依頼のあったVHS→DVDへの複写。うちのVHSデッキを使うのは1年ぶりだったので きちんと動くかどうか不安だったんだけどぉ〜・・・無事に動いてくれたのでホッとした。また、4本のうち1本は私の判断によりパソコン編集にて脚色。無事に使命を果たせてホッとした。


9月6日(日)
夏祭り
 元会社上司子息が通う保育園の夏祭りが開催されるということで、奥方から撮影係を依頼された。9月に入ってから夏祭りと言われてもね〜。とはいうものの園児達のことを考えると夜に実施する訳にはいかず、真夏の日中に実施する訳にもいかず。9月の日中が丁度イイのかなと納得。・・・と思ったら今日の天気は晴れを通り越して快晴。ギラギラの日差しが突き刺さって猛烈に暑かった(>_<)。うむむ、「晴れた時点で祭りは8割成功」と言うけど、晴れすぎも問題のような気が(^-^;)。
 相方と一緒に会場入りし、色々と撮影。アッという間の2時間だった。ネタが充分過ぎるぐらいに撮影できたかな。夏祭りを終え、5人で昼食を取った後、元会社上司宅に向かった。ここでは奥方が管理しているという保育園のWebサイトおよびWebログに関して改善案を出しつつ今日 撮影した写真で掲載できそうなものを選別しようとしたんだけどぉ〜・・・SDHCカードをパソコンで読み取るのに偉い苦労をした(^_-)ゞ。世の中、なかなかうまくいかないだぁ〜ね。私、Webサイトに関してはともかく、Webログって やったことが無いから たいして役に立てたという自覚症状が無いまま今日は お開きとなった。
 よくよく考えたら先週末から ずっと休み無し状態だったため、帰り道に物凄い疲労感に襲われた。私も もう若くないのよね〜。


9月7日(月)
カウントダウン開始
 欧州の従兄弟から2通のeメイルが届いた。・・・いや、1通は欧州から、もう1通はアフリカからだった。いずれも来週末からの我々の欧州里帰りに関するもの。いよいよカウントダウン開始、という心境である。
 欧州在住の方の従兄弟からのeメイルに日程表が添付されていたんだけどぉ〜・・・ファイル拡張子がWord2007の「docx」。私のパソコンに入っているのはWord2003のため、そのまま開くことはできず。Word2003にパッチを充てることでWord2007形式のファイルを開けるんだけどぉ〜・・・Wordなんて使うことは皆無の私、ハッキリ言って面倒。という訳で冗談のつもりで一太郎2008で開いてみたら・・・問題無く開けた。凄ぇ〜(・o・)。そこには1週間の日程がビッチリと書かれており、体力がもつかどうか今から心配になってきた(^-^;)。


9月8日(火)
1000人
 ドラゴンクエスト9の すれ違い通信。毎日チビチビとやり続け、今日 遂に1000人を突破した。ゲームの中で実質的に絡んでくる目標人数は30人。それを越えると 後は自己満足の世界・・・と思っていたらスタッフインタビューの中で「1000人を越えるとイイことが起きる」という発言があった。30人を達成した次の目標は一気に1000人かよ(^-^;)。
 んで、今日その1000人を突破したんだけどぉ〜・・・ガングロ妖精から称号をもらったぐらいで、特別にイイことと思えるような事象は無く、ガッカリ(-_-#)。念のためWebサイトで調べたんだけどぉ〜・・・う〜む、私と同じくヌカ喜びだったという記事は多々見付かったものの「これだ!」という情報は一切無かった。一体 何だったんだろうか(-_-#)?


9月9日(水)
じれったい時期
 欧州里帰りへのカウントダウンが1桁に突入した。気持ちは はやるものの、具体的な準備作業(スーツケース作り)をするには まだ早い。何か作業をして気持ちを落ち着かせたいんだけど まだ何もできないという、非っ常ぉ〜に じれったい時期である。


9月10日(木)
今回も偶然から
 私が好きな声楽家はニュージーランド出身のヘイリー・ウェステンラ。私が好きな室内楽演奏家はアルパ奏者の上松美香。そんな私、先日とあるテレビコマーシャルを観て腰を抜かした。何と彼女たちを含む複数の音楽家が一堂に集まってコンサートを行う、というもの。こりゃあ、もう、行くっきゃない!
 普段は彼女たちのコンサート情報を逐一確認している訳ではなく、以前に行ったコンサートの情報入手源は電車内で他の乗客が読んでいた新聞の広告。今回は何気なく観ていたテレビのコマーシャル。今回も始まりは偶然から、である。開催日の夜は横浜に行く用事があったのだが、コンサートは日中に行われるため日程的な問題は無し。迷わずコンサート券を手配した。


9月11日(金)
1週間後の今頃は
 欧州出発まで残り1週間。来週の今頃は事故さえ起きなければ欧州に向かう飛行機の中。想像しただけで胸の高鳴りが止まらなくなる。そして今回は相方と一緒に里帰りができる、というのが何より嬉しい。
 ただ、2週間後の今頃は日本に戻る飛行機の中。はぁ〜、それを考えると、出発前から憂鬱な気分になる(>_<)。


9月12日(土)
読書の秋
 浅草に行くつもりだったのだが、雨が降ったことと明日の天気予報が晴れということで明日に延期。代わりに近所であれこれ買い物をした。
 近所に某古本チェーン店が進出してきたので、冷やかしのつもりで入ったら・・・興味ある本が色々と出てきたので、思わず購入してしまった。こうして本を買うなんて私にしてみれば非常に珍しいというか久しぶり。これぞ「読書の秋」という言葉の魔力か!?
 帰宅後、相方と一緒に読書にふけった。季節は すっかり秋である。


9月13日(日)
お土産
 昨日行くつもりだったものの雨が降ったため延期となっていた浅草。今日は よく晴れたので、欧州の親戚達に渡すためのお土産を選びに相方と一緒に浅草に行ってきた。外国人観光客向きの お土産屋さんが沢山あるため、私のように欧州の親戚に手渡す お土産選びにも事欠かない場所である。以前に他の場所・店で お土産探しをするもピンとくる物が無くてガッカリだったのだが、流石は浅草、今回は候補となる物が沢山ありすぎて どれを選ぶべきかで迷うぐらいだった。相方と一緒に選んだお土産、気に入ってもらえることを願うばかりである。
 ただ、ここを歩いて ふと思ったこと。これだけ活気に満ちあふれた商店街って日本に どれだけあるのかな、ということである。シャッター街と呼ばれてしまっている商店街と浅草の違いって何なんだべか。


9月14日(月)
週間天気予報
 いよいよ今週の金曜日に迫ってきた欧州里帰り。ぼちぼち滞在日の週間天気予報が発表される頃になったので、早速確認した。今のところ秋晴れが続いている様子。・・・と思ったのだが、参照する天気情報サイトによっては雨続きだったり。どっちを信用すれば良いのだ(-_-#)?
 ただ、いずれにしても気温が随分低い。比較対象として出ていた日本の8都市のうち、最北端の札幌と ほぼ同じぐらいの気温だった。秋に渡欧するのは初めての私、服装をどうするべきかで迷っていたんだけどぉ〜・・・秋用の服装で行くのが無難そう。半袖の出番は無いみたいである。


9月15日(火)
いよいよ眠れなくなってきた
 渡欧までのカウントダウンが残り3となった。ここまで来ると何かと渡欧のことを意識してしまうようになり、1日中落ち着かなくなってくる。更には夜の寝付きも極端に悪くなり、満足に寝られない状況。そんな時に聴くのが私の大好きなカーペンターズの歌を 同じく私が大好きなアルパ演奏者の上松美香が演奏しているCD(若しくは それをメモリーオーディオプレイヤーに入れたもの)。
 上松美香は これまでに映画音楽やアニメ音楽等々、様々な曲をアルパ演奏でカバーしてきている。彼女が本来やりたいラテン音楽とは全く違うため、これらのカバー曲が果たして上松美香本人が望んでいることなのか否かは知る由もない。が、彼女のアルパによって演奏されたカバー曲は本来の魅力を失うこと無く、また新たな息吹を感じさせてくれる。この曲を聴いていると高ぶっている気持ちが落ち着く。が、この曲を聴きながら相方と一緒に飛行機に乗って欧州に向かう場面を想像すると・・・余計に気持ちが高ぶってしまう(^-^;)。


9月16日(水)
谷間
 ここ1週間ほど渡欧のことばっかり意識したり書いたりしているのだが、過去の経験則上、出発の2〜3日前になると突然 一時的にではあるものの「私、本当に渡欧するんだべか?」という疑問が湧くと言うか現実の出来事として捉えられなくなる谷間の時期がある。その傾向は10年ぶりとなった今回も健在。今日になって突然 この症状が出たため、全く緊張感が無かった。
 ず〜っと緊張感が続くと心身共にもたなくなるから、こうして息抜きの時期を作り出そうとする体の防御反応、なんだべか!? まぁ〜、出発前日になると この症状が吹き飛ぶので、平常でいられる今のうちに出発準備を進めた私。テレビをつけながら作業をしていたのだが、よりによって航空機事故危機一髪特集が放送されていた。何だかなぁ〜(^_^;)。


9月17日(木)
出発前日
 いよいよ明日、10年ぶりの欧州里帰り。黙っているだけでも手に汗を握ってしまうような緊張感が1日中持続。ただ、こういった直前の緊張感は結構好き。現地入りしてしまうと緊張感が消えるため、今のうちに このワクワクを満喫しようとしている自分がいた。
 持って行く荷物や土産品に関しては事前に一覧表を作り、問題無いことを確認している。それをもとに荷造りをしているはずなんだけどぉ〜・・・やっぱり どこか不安を感じてしまう。まぁ〜、これぐらいの慎重さが あった方が丁度イイのかな。
 恐らく今夜は まともに寝られないだろうけど、行きの飛行機に半日乗るので、その際にグッスリ寝られそうである。


9月18日(金)
気分はジャック・バウアー
 いよいよ10年ぶりの欧州里帰り、相方を連れての凱旋帰国である。流石に緊張のために夜は熟睡できず。ただ、そのお陰で寝坊することは無かった。
 空港直通の電車は1時間に1本出ているのだが、白銀週間突入ということで念のため1本早目の電車に乗って出発するべく、朝は4時半に起床。荷物の最終確認をした後に出発。
 成田空港は・・・白銀週間突入とは思えないぐらいにガランとしていた。白銀週間って明日から本格的突入だったのかな(^-^;)。航空会社は本来なら祖国のオーストリア航空を利用したかったのだが、経営再建中のため先がどうなるか分からなかったため、念のためスイス航空にしたんだけどぉ〜・・・結局オーストリア航空はドイツのルフトハンザ航空傘下に入ることによって経営再建することになり、存続し続けることとなった。スイス航空にするんぢゃなかった(-_-)。
 ともかく、チェックインをした後に成田空港での伝統行事(?)となっている蕎麦屋で朝食を取り、いよいよ出国。スイス航空を利用するのは初めてだったのだが、機内食が結構ケチくさかったため、次回の渡欧時に再度利用したいとは思えなかった。行きの飛行機、東京(と言うより千葉県成田市)〜スイスのチューリッヒまでの飛行時間は半日。お酒は全く飲めない私であるが、唯一ワインをガブ飲みする場所が国際線の飛行機の中。飲んでグッスリ寝て、目が覚めたら目的地、という寸法である。ただ、今回はそれほど長く眠れず。機内映画でXメン0を観られたのは良かったのだが、それ以外は これといったテレビ番組が無く、持参したDSやPSPも何故か遊びたい気分になれず。結構暇を感じる半日の飛行だった。
 んで、ようやくチューリッヒ空港に到着。祖国はオーストリアなのだが、同じ欧州でゲルマン系民族が多く住む国ということで、私のDNAが「祖国に帰ってきた!」と叫んでいるのが分かった。
 チューリッヒ空港は思っていたよりも広くはなかったのだが、そんなに混雑しておらず、建物もきれいだったので4時間の乗継待ちは それほど苦にならなかった。全てを理解できる訳ではないものの、私にとって やはりドイツ語の響き、それに綴りは心地良い。
 スイスのチューリッヒ〜オーストリアのザルツブルクへの乗り継ぎ飛行機は・・・パッと見た瞬間、本当に飛べるのかと不安になってしまうような小型プロペラ機だった。そのため、いつもなら「小さいなぁ〜」と思ってしまうボーイング737型ですら巨大に見えた。
 ともかく、無事にザルツブルク空港に到着。今度は正真正銘、故郷に到着である。ソロモンよ、私は還ってきた!・・・って、違うか(^-^;)。
 入国審査があまりにもアッサリ・・・と言うか全く無かったので こっちが不安になる展開だったのだが、従兄弟と伯母が迎えに来てくれていた。現地時間で22時近かったのだが、2組が来てくれていたのは嬉しかったし、何より相方と一緒に来られたのが嬉しい。従兄弟の車に乗り、宿泊先となる従兄弟宅へむかった。街中は暗かったものの、10年ぶりの故郷の町並みは それほど変わっておらず、嬉しかった。
 従兄弟宅に到着したものの、ここからが問題だった。疲れきった体、重いスーツケースで6階まで階段で登らなければならず。この日 最後の大仕事であった。宿泊部屋に到着後、親戚たちに配る日本土産の仕分け作業を会い方と一緒に行った後、就寝。日本時間の朝4時半に起床し、就寝は現地時間の23時半(日本時間の6時半)。飛行機の中で多少 眠ったものの、26時間活動し続けたことになり、気分は海外ドラマ「24」のジャック・バウアーである。


9月19日(土)
欧州里帰り2日目
 夜はグッスリ眠れた。東から西へ移動する場合、半日程度の時差であれば即日対応できるため、相方共々時差ボケは全く無かったし、前日の移動疲れも全く無かった。
 朝食を取った後、従兄弟が住むアパートの1階にある教会にて親戚達と10年ぶりの再会。10年と言えば物凄い年月のはずなのだが、それほど久しぶりという印象が無く、我ながら不思議な感じだった。まぁ〜、手紙やeメイルや写真のやりとり、それにスカイプでのやりとりをしょっちゅうしているせいかな。とは言うものの、久しぶりの再会は嬉しいものである。
 その後、従兄弟と一緒にガイス山に向かった。晴天に恵まれたお陰もあり、標高1288mからの眺めは絶景の一言に尽きた。スーパーマーケットでお土産用のお菓子をしこたま購入してから教会に戻り、地下食堂にて親戚たちと一緒に昼食を取った。この時の料理は伯母による物だったのだが、私にとっての料理教師は伯母であり、伯母の料理の腕は3つ星である。
 昼食後に親戚たちと一緒にザルツブルク市街地を散歩。映画サウンド・オブ・ミュージックの舞台になったミラベル宮殿、ザルツブルクの浅草とも言えるゲトライデ商店街をまわり、馬車に乗って街を散策。ここでも10年という歳月を感じることは それほど無かったのが不思議だった。
 夕食はザルツブルクで1番という高級ホテルに親戚一同が集まり、典型的なオーストリア料理を楽しんだ。アフリカから戻ってきたばかりの従兄弟が この日だけのために来てくれたのが非常に嬉しかった。また、私が里帰りした際は恒例となっている従兄弟揃い踏みの写真撮影を実施。諸事情により2名が この場に居合わせることができなかったのだが、10年間ずっと定期入れに入れていた集合写真、10年ぶりに入れ替えることになりそうである。


9月20日(日)
欧州里帰り3日目
 午前中は新しくできた「悪魔発掘」という名のアスレチックコースに行ってきた。完全装備した上で命綱を常につけ続けながらのアスレチック攻略。普段の運動不足を実感することになったのだが、雄大な大自然のもと、相方共々猛烈に楽しむことができた。
 終えてからは伯母宅にて昼食。やはり伯母が作ってくれた料理を食べると里帰りしたという実感がとことん湧いてくる。
 午後は従兄妹夫妻案内のもと、ヘルブルン宮殿とホーエンザルツブルク城を見て回った。ヘルブルン宮殿、分かっていても水の直撃を食らってしまうのよね〜。ホーエンザルツブルク城は外観は非常に雄大なのだが、中は・・・結構面白い展示物がいくつかあった。
 夕食は従兄妹夫妻宅にてピザをご馳走になった。後から考えてみると、今回の欧州里帰りに於いて誰かの家で夕食を取るというのは これが最初で最後だった。滅茶苦茶美味かった♪ また、2歳半になる従兄妹夫妻の長男が可愛かった。子供好きの相方、早速良き遊び相手になっていた。
 里帰りすると いつものことなのだが、日本語が通用しない環境に立つと自分の中の外国語力に界王拳がかかる。逆に日本語能力が下がり、相方と日本語で話をする際も何故か苦労をしてしまう。また、英語・ドイツ語・日本語が ごちゃ混ぜ状態になっているため、自分では相方に対して日本語で話しているつもりでも、口からはドイツ語が出てしまうことも しばしば。これって適応能力が高いのか低いのか(^-^;)。


9月21日(月)
欧州里帰り4日目
 今日から2日間、祖国のオーストリアを離れてイタリアへ。従兄弟・ハトコ・相方・私の4人で向かった。よくよく考えたら同行者の従兄弟は1985年と2004年に、ハトコは2008年に来日経験があるということで。車で片道4時間。途中、マクドナルドに立ち寄ったのだが、明らかに日本では扱われていない品があり、流石はオーストリアだと感じた。車はアルプス山脈を通っていったため、眺めが綺麗だった。
 まずはガルダランドという、イタリアのディズニーランドのような遊園地へ。夏の観光シーズンや土日だと東京ディズニーランド並みに混み、乗り物の行列に1時間・2時間待ちが当たり前なのだが、この日は秋の平日ということでガラガラ。行列待ちは一切無く、様々な乗り物をしこたま楽しむことができた。また、ウォータースライダー系の乗り物も沢山あり、相方が特にズブ濡れになったのだが、天気が良く空気も乾燥していたため、特に問題なかった。
 夕方に一旦ホテルにチェックインした後、ガルダ湖を見に行った。丁度 夕暮れ時で、景色が良かった。ここで夕焼けを見ながら食べる夕食は格別だった。夜、ホテルに戻ったんだけどぉ〜・・・ここだけなのか、イタリア全土がそうなのかは不明なものの、ホテルには備え付けの歯ブラシや寝巻きが無く、冗談のつもりで念のために持ってきた歯ブラシと寝巻きが役に立つ展開になった。


9月22日(火)
欧州里帰り5日目
 宿泊しているイタリアのホテルにて朝食を取った。ビュッフェ式だったのだが、日本や中国のホテルと比較すると正直なところ品揃えは かなり貧弱。まぁ〜、ここでは こんなものなのかな。
 ホテルを後にし、一路ヴェネツィアへ。私にとっては1988年以来、20年ぶりのヴェネツィアということになるのだが、これだけ時間がたっていると ほっとんど忘れているため、見るもの全てが新鮮で面白かった。相方が とある店でお土産を購入したのだが、そこの店のおばさんが とても気さくな人だったのが印象的だった。ただ、歩いている途中、従兄弟が地雷(?)を踏んでしまい、なかなか臭いがとれなくて災難だった様子・・・。
 ヴェネツィアを後にし、ザルツブルクに帰った。街のレストランで夕食を取り、夜の街を散策。昼と比べると人気(ひとけ)が極端に少なかったため、歩きやすかった。


9月23日(水)
欧州里帰り6日目
 今回の欧州里帰り、宿泊先やら案内役からして従兄弟が1人で頑張ってくれて非常に嬉しくて有難い限りなのだが、今日は1日、叔父夫妻が案内役を担当。
 まずはシャーフ山へ。登山もできたり、車で上がることもできるのだが、この日は叔父の計らいにより昔ながらの鉄道で山を上がった。片道40分かかって ゆっくり上ったのてだが、頂上からの景色が滅茶苦茶良かった。また、基本的に頂上は断崖絶壁になっているため、嫌な汗をかき続ける展開になった。ブルブルっ!
 続きましてはハライン塩坑山。私は過去に何度も来たことのある場所なのだが、是非とも相方を案内したいということで。過去、私は夏にしか来たことが無いため いつも激混みという印象しかなかったのだが、今回は秋ということで空いており、案内役の声もよく聞こえてイイ感じだった。10年前に来た時とは中の構成が違っている部分も結構あり、私も新鮮な気持ちで楽しめたのだが、相方も猛烈に喜んでくれたのが嬉しかった。
 観光を終えた後は従兄弟と合流し、巨大ショッピングモールにて夕食を取り、お土産を買ってから帰宅した。その後、秋の この時期限定というザルツブルクの秋祭りを見てきた。夏か冬にしか里帰りしていなかった私にとって この秋祭りは初めて。いんやぁ〜、盛り上がっているね〜。また、ここにて民族衣装を着た人が沢山来ており、華やかだった。


9月24日(木)
欧州里帰り7日目
 実質 今日が最終日かと思うと1日中胃が痛かった。
 従兄弟の案内により、毎週木曜日の朝限定で行われているという朝市を見てきた。以前までの里帰りの際は街郊外に宿泊していたため こういった市街地の朝市を見るのは初めて。様々な食材やら花が売られており、見ていて面白かった。丁度イイ機会だったので、花好きな義姉用のお土産としてザルツブルガーゲビンデ風の松毬リースを購入した。
 従姉弟違い(親の従姉妹)から招待を受けていたので そこで朝食を取った。ここの長男(私のハトコ)は昨年来日しており、また次男も日本通ということで、家の至る所に東洋文化の気配があった。近い将来、家族で来日したいと言っており、その日が来るのが楽しみである。
 朝食後、近くの教会を案内してもらった。私は相方共々 宗教は一切信じないのだが、こういった教会巡りは好き。こういった古い街並み・建築物が現代にも残っているというのは地震がないことも大きく関与しているのかな。ともかく、オーストリアの建築物は形式が統一されているため、集合図を見ていると絵になる。
 この後、聖夜の定番曲である「きよしこの夜」発祥の地であるオーベンドルフに立ち寄った。今となっては世界的に知られている曲であるが、まさかネズミのイタズラが誕生の切っ掛けになったとは つゆ知らず、であった。
 続いて ばっちゃんの家に立ち寄ったのだが、家の半分が恵まれない国の人達用に集められた寄付品で埋め尽くされていたものの、内装は変わっておらず。例によって例の如く10年という時間を感じさせなかった。続いて叔父の家に行ったのだが、こちらは2か月前に降った雹(ひょう)による屋根破損の修理工事がまだ続いていた。街の建物の多くに まだまだ雹による爪痕が残っていた。
 伯母の家に着き、ここで今回の滞在実質最終日にして従兄妹の1人と再会。副業でモデルをやっているため、髪の毛の色が月単位で変わるのだが、今回は・・・かなりまともな色だったので一安心。ここで伯母が冷凍保存していた2か月前に降ったという雹を見せてもらったのだが、ゴルフボールより一回り大きいぐらいだったのでビックリ。こんなのが空から降ってきたら、そりゃあ大損害だよね・・・。
 昼食は伯母宅近くのレストランで取り、その後は伯母宅にて映画上映会。映画とは言っても大昔に撮影した8ミリビデオ。画質は悪く、音声も無いのだが、35年前の様子を動画で観られるのは凄いと思った。また、今は亡き母方祖父の動く姿を こうしてまた観られるというのが・・・思い出を形に残すというのは こういうことなんだなと改めて実感した。
 夜。今回の滞在にて最後の行事となる田舎風ボウリング。ピンは9本。基本的に一投で倒すことになり、団体戦が基本となる。結構盛り上がるのだが、やはり やっている最中も「今回はこれが最後の行事なんだな」という思いが頭を駆け巡り、胸を締め付けられる思いがした。また、当初は参加予定だった何人かが仕事の都合で急遽来られなくなったのが残念(>_<)。
 お開きになり、夫々と別れの挨拶をした後、従兄弟宅に帰宅。来た当初は毎回6階まで階段で昇るのにヒーヒー言っていたが、いつの間にか相方共々 何の区にも感じなくなっていた。部屋に戻り、大っ嫌いなスーツケース準備作業に追われた。お土産を買いすぎてスーツケースに入りきるかどうか心配だったものの、何とか入った。重量は28kg。来る時よりも4kg増えていた。


9月18日(金)
欧州里帰り最終日
 猛烈な不安・嫌な気分のためだろうか、夜中に何度も目覚めた。結局グッスリ眠った記憶が無いままに朝をむかえた。荷物の最終確認をした後に従兄弟宅を出発・・・する際、荷物を持って6階から1階まで階段を使って降りるのに一苦労(>_<)。
 一路ザルツブルク空港へ。伯母が来てくれていた。1週間前の金曜日の夜遅くに従兄弟と伯母が出迎えてくれたのだが、出発の日の朝も従兄弟と伯母が見送ってくれるというのが何とも感慨深かった。空港で朝食を取り、従兄弟と伯母との別れを交わした。
 ザルツブルク空港〜スイスのチューリッヒ空港までの飛行機は1週間前と同じく超・小型のプロペラ機だったのだが、今となっては勝手知ったるだったので動じず。チューリッヒ空港での乗り継ぎ待ち時間、今回は2時間のみ。ここのお土産屋でいくつか追加のお土産を購入し、日本行きの飛行機に乗った。今回も飛行機の中では 長時間の熟睡ができず。観たい映画も無く、DSやPSPで遊ぶ気分にもなれず。
 戻りの飛行機内で毎回 猛烈に嫌なことが3つ。1つは夢。グッスリ寝ることができずとも、浅い眠りで夢を見るのだが、その内容は決まってオーストリアでのもの。目が覚めた瞬間に「あ゛〜、私は もうオーストリアにいないのね・・・」という猛烈に嫌な気分になる。
 2つ目が時計。腕時計の時間を日本時間に戻すという作業、遅かれ早かれやらなければならないのだが、毎度 多くの勇気が必要となり、手には嫌な感触が残る。
 3つ目は「欧州滞在は夢の中の出来事だったのでは?」と思ってしまうこと。これを防ぐため、飛行機の中では常に何かしら欧州で購入した物を手元に置き、夢だと感じるたびに それを見るようにしている私。今回の品は・・・自分が持っていた物ではなく、相方の鞄。従姉弟違い(マミーの従姉妹)から もらった、世界に1つしかない手作りのザルツブルク鞄。これを見れば欧州帰省が夢だったなんて言わせない。


9月26日(土)
帰宅
 朝の8時、無事に成田空港に降り立った。空気の湿度が欧州とは明らかに異なっていた。はぁ〜、ここは もう欧州ではないのね・・・(-_-#)。成田空港からは電車に乗り、自宅最寄り駅で降りて帰宅したのだが、この駅〜自宅までの間が実はスーツケースを持って徒歩移動する最長距離のため、最後にして最大の関門となった。重いし手が痛い(>_<)。
 ここ15年の欧州帰省で嫌なことの1つが日本に戻った後。以前までなら結局は自宅に1人という状態になっていたのだが、今回は決定的に違うことが1つ。それは行く時も欧州滞在時も日本に戻った後も常に相方がそばにいてくれるということ。何気ないことかもしれないが、非常に嬉しい。
 自宅に帰宅後、荷物整理は後回しにして まずは日本式の風呂に浸かり、私は3時間ほどの昼寝。本来ならもっと寝ていたいところだが、西→東への移動の場合は時差ボケが非道くなる傾向があるため、早々に修正が必要な私、強行突破ということで。でも この3時間はグッスリ眠れたかな。
 起きてからは荷物整理をしたり、撮影した写真データ・動画データをパソコンに落としたり、各人に配るお土産の袋詰め作業。夜は相方と一緒に外食してきた。同じ外食でも やっぱり日本式と欧州式とでは随分と違うんだなと改めて実感した。


9月27日(日)
シルバーウィーク最終日
 相方と一緒に割と近所のショッピングモールにあるお気に入りのマッサ〜ヂ店に行ってきた。自宅近所から歩いて5分以内に4箇所のマッサ〜ヂ店があるのだが、やはり片道30分かけてでも こっちに来た方がイイ。欧州では毎日歩き回ったり、移動の飛行機では半日座り続けていたため、脚のむくみが半端でないと言われたのだが、揉みほぐしてもらった。
 昼食を取ってから帰宅し、各人配布用のお土産詰め込みの最終作業。荷物整理も一通り終わり、明日からまた普通の生活に戻るのかと思うと気が重いのである(-_-#)。


9月28日(月)
新しい道具
 今日から またいつも通りの生活。朝は早起きし、満員電車に揺られての通勤。時差ボケは・・・まだ残っている感じがするものの、それほど非道くない。自分にとっては約10日ぶりとなるこの生活様式だが、久しぶりという感触は無かった。会社に来て いきなり座席の移動(引っ越し作業)をやる展開になったのにはビックリしたのだが、それが終わってからも たんまりと溜まっていた社内用ラブレター(?)の整理で落ち着く暇が無かった。まぁ〜、頭の中がまだ欧州ボケしている私には これぐらいが丁度良かったのかしれない。思い出にふけっている暇も無かったし。
 仕事を終えた後は秋葉原のヨドバシカメラに立ち寄った。目的は三脚購入。欧州里帰りの2日目に破損した三脚の後継機種選びである。早ければ今週の土曜日、遅くとも2週間後には使うことになるため、早目に購入する必要がある。ただ、残念ながら「これだ!」という物が見付からず(>_<)。後日、別のヨドバシカメラに行ってみようと思って帰路についたのだが、途中駅そばにもヨドバシカメラがあることに気付き、急遽下車して行ってみたら・・・イイ物を見付けたので即購入。これはイイ物だ♪


9月29日(火)
時代は・・・やっぱり変わった
 自宅でも会社でもだいぶ落ち着いてきたので、欧州の親戚達へ お礼を書いた。10年前までは紙手紙だったのだが、今はeメイル。時代は・・・やっぱり変わったね〜。紙印刷する必要は無いし、封筒も切手も不要。郵便ポストまで出しに行く手間もいらない。一瞬で地球の裏側に文章と写真を電送できてしまう今の世の中、便利さを改めて実感である。
 夜、珍しく自宅の電話がジャンジャン鳴った。昨日発送した欧州土産が届き、それに対するお礼だった。みんな気に入ってくれたようで、相方も私も非常に嬉しかった。


9月30日(水)
うまくいった出張、うまくいかなかった帰り道
 今日は午後から出張。私が担当しているサーバーのメンテナンス作業である。過去事例の無い作業だったため不安が大きかったものの、予想外に(?)うまくいったのでホッとした。
 が、帰り道。方法は2つあったのだが、今回たまたま選んだ方は・・・私が利用する電車「だけ」が人身事故および機器故障が重なって大遅延(-_-#)。電車1本で座って帰れるはずが、立ったまま長々待たされた上に3本の電車を乗り継ぐ展開になった。何だよ、それρ(-ω-)。


ズボラ日記のトップに戻る